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2011.03.25

選手宣誓「私たちに、今、できること」

毎日、毎日、東北地方太平洋沖地震のニュースが流れています。

私は、普段は神戸にいますから直接的には何もできません。

震災後、すぐに、会社と私個人から日本赤十字に義援金を寄付させて頂きました。

また、その後も様々な所属団体からの義援金の案内があるたびに、寄付をさせていただいています。

コンビニに寄れば、レジ横にある義援金の募金箱におつりを入れています。

悲しいことに、これくらいのことしかできないのです。

神戸以上の大変なことが同じニッポンで起きたというのに。

何ともいたたまれません・・・。

私のこのような気持ちの最中、選抜高校野球が甲子園で始まりました。

開催するか否か、相当の議論があったそうです。

議論と決議の結果、開催されました。

開会式の日、私はたまたま仕事で朝から車で移動をする必要があったので、車に乗っていつもの通りNHKラジオをつけ、「選抜」の開会式を聞きながらクライアントの会社に向かいました。

開会の挨拶などがあり、その後、「君が代」独唱。

今まで「君が代」を聞いて、泣いたことはありませんでしたが、なぜか涙が出てしまいました。

東北での大地震があり、これが大変な災害になったことで、私たちの国「日本」を大事にしたいと言う気持ちが自然と沸いていたのだと思います。

その後、恒例の「選手宣誓」でした。

このたびの地震のことについて、必ず何か言うだろうと思いながら耳を傾けました。

感動しました。

共感しました。

そして、彼に教えられました。

「今、自分にできること」の意味を。

あれだけの大災害になっているのですから、何とかして、被災地に向けて、直接何かをして上げたいと思ってしまいます。

それができないので、少しでも被災地に関係することを探して、そのことをやろうと思ってしまいます。

当然、この気持ちは自然なことです。

悪いことではありません。

しかし、やはり、できることには限界があります。

だから、何もできないといって、「被災地以外のところにいる私たちが悲しみにばかり暮れていていいのか」と選手宣誓を聞いて思いました。

何もかもを自粛し、経済活動が滞り、消費が滞り、数々のイベントが中止され、日本中の街から活気が失われていいのだろうかと思うのです。

被災地で親族や友人知人を亡くされた方々、ご自分が直接被災された方々、原発の影響で避難を余儀なくされている方々、計画停電で大変困っている方々、物不足で日常生活が困っている方々。

今回の大地震で、大変多くの方々が苦しんでいるのも事実です。

だからこそ、被災地以外の私たちは、毎日を明るく、元気に、生かされていることに感謝して、できるだけ普通に、生活をしていかなければいけないのではないかと思います。

買い占めるのでもなく、だからといって、買い物もしないのでもなく。

時には外食もし、音楽も聴き、カフェでコーヒーも飲み、休みの日にはドライブや日帰り旅行もしたり・・・。

普通でいられることを感謝しながら、普通に生活することが、今、大事ではないかと思います。

元気で生かされている私たちまでもが、毎日、悲しみに暮れ、何も消費しない、どこにも行かないということになると、日本は、日本経済は本当に大変なことになってしまいます。

募金や生活物資の提供。

これに加えて、私たちの普段の生活、経済消費活動が、回り回って、必ず、被災地の方々のためになるのではないでしょうか。

これが、「今、私たちにできること」だと思うのです。

私が感動した、選手宣誓の全文です。

よければ、皆さんも一度ご覧下さい。

http://www.hb-nippon.com/news/36-hb-nippon-bsinfo/8546-bsinfo20110323001

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